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■「逆手塾」の歴史

◆「逆手塾」は、2001年1月、前身の「過疎を逆手にとる会」″通称「過疎逆」(カソサカ)″の名称を変更して新しく生まれた。逆境をバネにして「輝く地域づくり」・「コミュニティー、ビジネス」そして、「里人(さともり)なろう」などに、挑戦をしている「まちづくりの研究グループ」の組織である。

 

◆前身の「過疎を逆手にとる会」は、1982年に発会した。
過疎逆(逆手塾も同じ)の最大のイベントは、毎年6月の第2土、日曜日に行ってきた、まちづくりシンポジウム「逆手塾」である。次のようなテーマで行った。

 

「過疎の時代を拓く」 ・ 「女たちが主役のまちづくり」 ・ 「行政主導でなぜ悪い」 
「ただ生きているなら文化はいらない」 ・ 「まちづくり感動商法」 
「ひとが輝き まちが輝く」 ・ 「ここが地球のど真中」 ・ 「遊び半分のまちづくり」 
「もうかっとるきゃあ村づくり」 ・ 「いのち再生」 ・ 「逆境をバネに輝く法」 
「観光から歓交」 ・ 「志民になろう」 ・ 「里山拡命」 
そして、「えがおします(おもてなしする)」などである。

 

◆また、逆手塾として重要視して大切にしているのは、小さな集いで、逆手塾に対して「ミニ逆手塾」と銘打っている。そのミニ逆手塾も、会員の要請により、全国各地で「ミニ逆手塾・in○○」として、百回以上行ってきた。例えば「名所・名物は名人が創る」 ・ 「雑草を食う会」 ・ 「ツチノコの賞金を一億円にする会」そして「ベンチャービジネスの未カ(魅力)を掘る」等のタイトルで話題を呼んだ。

 

◆発会のときに「過疎を逆手にとる法」10条を掲げ、これを理念とし、哲学ともした。そして、この「過疎を逆手にとる法」は、全国で過疎に悩んでいた人に元気づける役割を担った。外国でも、参考にされていると噂に開いたほどである。とりわけ、次の三つは、特に元気を出させた言葉であり、注目を浴びた。 

 

  ●「過疎」は「魅力ある可能性」と信じること。

  ●「ない」ということは「なんでもやれる」という可能性があること。
  ● 目標は「東京にはできないこと」をやること。


◆逆手塾の30年の営みの中でつかんだ大切な視点が次の4つです。 

  1.ナンバーワンよりオンリーワンのまちづくり 
  2.逆境をバネにしたまちづくり 
  3.遊び半分のまちづくり 
  4.熱意全面のまちづくり

◆逆手塾の31年目は、「里山資本主義」~里山幸福論のなかから「里人(さともり)になろう」の運動が芽生えてきている。



■2014年第32回「逆手塾」in丹後市

来年の2014年の第32回逆手塾は、6月14日~15日京都府京丹後市の「丹後あじわいの郷」で行う。テーマは、「ええひと、ええ里、まぁるい経済(仮題)~里山資本主義・京丹後~ゲストに藻谷浩介氏をお願いしている。藻谷浩介氏が、ベストセラー「里山資本主義」(2013年11月現在15万部売れている)をベースに、「マネー資本主義から里山資本主義へ」を熱く軽妙に語ります。



■ 「逆手塾」が次の時代を創造

「逆手塾」から「抱きしめて笑湖ハイヅカ」が生まれ、エコストーブ作りが始まり「里山資本主義」へとつながっていった。 「里人(さともり)になろう」を合言葉に、里山幸福論を語り、「人と自然が元気な里山循環再生事業活動」の実践を行っている。
「逆手塾」が、次の時代を創造させる輝きを、今放っている



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